前編はこちらをどうぞ。
昭和の時代のBライファー・小屋暮らしのブッシュマン
小学生探検隊、遭難か?
うっそうとした林に
恐怖をおぼえた私たちは、早々に引き返す決断をしました。
しかし、振り返っても
横を向いても前をみても、
四方は木と下草が生い茂りまったく同じ景色が360度広がっていました。
確かに続いていた獣道も、
草が覆いかぶさっていて見つけられません。
焦った僕らは、必死で
草をかき分け出口を探すのですが、歩いても歩いても林の中。
ほんの数十メートル先には、
さっきまで歩いてきた県道があるはずなのです。
車通りもある道です。
なのに耳を澄ませても車の走行音は全く聞こえてきません。
ついには、僕らは半べそとなり、
泣きながら林の中をさまよっていました。
その時です。「お~い。そっちに行っちゃ危ないぞ~。」人の声が聞こえました。
ブッシュマン登場
振り返るとそこには、一人の男が立っていました。
「そっちには涸れ(かれ)井戸があるんだ。落ちたら最後だ。」
男はそう言うと更に
「こっちにおいで。」と手招きして歩き出しました。
「た、助かった・・・。僕らはその男の方へ駆け出しました。」
男の後をしばらくついて行くと少し開けた場所に出ました。
そこには小屋が建っていました。
男はぎこぎこと、井戸から水を汲み、
僕らに飲ませてくれました。
とても冷たくて美味しい水でした。
そして「どうしてこんな所に来たんだい?」と静かな口調でたずねました。
私たちは、学校でブッシュマンが
A山に住んでいるという話を聞いたこと。
ブッシュマンはヘビや虫を食べ、歯が一本もないこと。
ブッシュマンを発見するために
この山へ探検に来たことを伝えました。
すると、男は笑いながらいいました。
「ブッシュマンは私だよ。」
ブッシュマンはジェントルマン
えっ?僕らは顔を見合わせました。
その人の歯はきれいに生えそろっていました。
ごく普通の大人の人・・・という感じです。
小学生だった僕らにとって、
二十歳以上の人はみんな大人(おじさん)に見えました。
今、おぼろげな記憶を呼び起こして、
想像するに、ブッシュマンは当時、30前後の意外と若い方だったのかなと思っています。
「おじさんが本当にブッシュマンなの?」H君がたずねます。
「多分、そうだよ。この山に住んでいるのは私だけだから。」
「周りからは随分変わり者だと思われているしね。」
「どうしてここに住んでるの?」私かH君、どちらかが聞いたと思います。
すると、ブッシュマンは、
「ここが好きで、気に入っているからだよ。」
と、静かな口調で答えてくれました。
ブッシュマンの背後に見える小屋は、
当時の私には随分立派で、大きく見えました。
明け広げられた窓の隙間から
中をのぞくと、机があり、そこにはたくさんの本が積み上げられ、
脇には、ギターのような楽器がちょこんと置かれていました。
更にトランジスタラジオの中身?
のような電気回路がいくつかきれいに並べられていました。
「どこから来たの?」と聞かれ、
「○○町からです。」と答えるとブッシュマンは非常に驚き、「あんな所からここまで?」「帰れないといけないから、送っていこう。」と
私たちを小さなトラックに乗せて家の前まで運んでくれました。
すでに日が暮れかかっていました。
そして、別れ際に彼はいいました。
「ブッシュマンを見たことは、秘密にしておいてくれるかい。」
私たちは黙ってうなずきました。
私は、そしておそらくH君も、「この約束は絶対に守らなくてはならない。」
そう思いました。
学校の噂話もいつの間にか
立ち消え、夏休みをはさんで、2学期が始まると、ブッシュマンの話をする者など誰もいなくなりました。
あれ以来、私は、一度もA山には行きませんでした。
そして、二度とブッシュマンと会うこともありませんでした。
ブッシュマンが今の時代を生きていたらどうだっただろう?
あの日の出来事。30年も前の話です。
私は時々ブッシュマンのことを思い出しました。
すると決まっていつも
「周りから変わり者と思われているから・・・。」という言葉と、
「ここが好きで気に入っているからだよ。」と穏やかに力強く聞こえたもう一つの彼の言葉。
この二つが私の頭の中をぐるぐるとまわりました。
当時はまだ、インターネットも、
携帯もない時代でした。
当然ながらBライフなんて言葉もありませんでした。
私は、もしも彼が今、現在、
あの場所で、あの小屋で暮らしていたらどうだったのだろう?と想像してしまいます。
当時よりも少しは生き易かったのだろうかと。
もちろん今だって、
周りの人は彼の事を変人扱いするのかもしれない。
でも今ならネットがあって・・・。
少なくとも自分と同じような生活を志す人が存在すること。実践している人の存在を知り得たはずです。
そんな生き方が選択肢の一つ
として提示されていることを彼が知っていたら、少しは、生き易かったのでしょうか。
ひょっとしたら、自らブログを
作って日々の記事をアップし、人気ブロガーにでもなっていたかもしれません。そんな想像をすると、思わずニヤリとしてしまいます。
今、もうあの場所にかつてのA山はありません。
山は崩され、造成されて、
小綺麗な家が立ちならぶ住宅街になっています。
○○が丘と改名され
とっても素敵な名前でよばれています。見晴らしが良く、美しい町です。
だけど、私は知っています。
彼の地はかつてA山と呼ばれ、そこにはブッシュマンとうわさされた、物静かで、でも強い意志を秘めた一人の紳士が住んでいたことを。
彼はおそらくあの場所を
離れたあとも、自らの理想の場所を探し、発見し、己の意志と選択で人生を切り開いた・・・ともすると、今、この瞬間もまだ・・・。
私は、そう信じています。
早過ぎたBライファー、ブッシュマンに乾杯。