田舎の実家とタイニーハウス~ふと自分のルーツというものを考える

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こんばんは!からまつです。

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実家に帰る

昨日まで、実家に帰って来ており、タイニーハウスのセルフビルドは一旦休止中でした。

私の実家は築100年以上は軽く経過しており、いつ頃建てられたのかを、今生きている人間は誰も知らないという、少し変わった家です。

人に歴史あり、家にも歴史あり・・・

生前の父の話では、2、3歳の時に突然「この家が来た。」そうです。定かな事は憶えていないと言っていました。

なんでも、別の場所に建っていたこの家を、私の祖父が甚く気に入り、買い取って家だけ運んだらしいのです。

元は同じ半島の反対側にあった様なのですが、材を全てバラして船でこちら側の港まで回し、

そこからは材木の下にコロ(あて木)を敷いて、文字通り「コロコロ転がして」持って来たと言うのです。

それが今から75年以上前の事みたいです。

典型的な昔の農家の作りで、当時は釘は一本も使っておらず、土台と柱、梁や桁は、「仕口と継手」を使って組まれていました。(耐震リフォームをしているので、近年は補強金具が入っています。)

そのため、分解して再度組み立てるという事は、当時それほど珍しい事ではなかったみたいです。

それにしてもなかなかスケールの大きな話だったので、

「うちのじいさんは金持ちだったの?」と聞くと、

父は笑って「残念ながらそうじゃない。色々あった様だ。」と祖母から聞いたという話をしてくれました。

祖父は何人かの兄弟の末っ子で、今の私の実家から10キロ程離れた場所にある、そこそこ大きな農家の出だったそうです。

当然、本家を継ぐ訳でもなく、半ば押し出されるような形で家を出て、当時痩せていて、畑としての利用価値がなく、空き地だったこの土地(今の私の実家の土地)を譲り受けたらしいのです。

不憫に思った一族から、家を買う際には大分助けてもらったという話も聞きました。これもあくまで伝聞で、当時を知る人はもう全員他界しているため、本当の所はよく分かりません。

戦争で土地は収奪された

その後、ほどなく戦争があり、「空襲で火災を防ぐために家の前の道路を広げる」との国の御達しがあり、うちの実家は強制的に土地を没収され、建物も半分近く壊されてしまった様です。

今風に言えば「セットバックあり」ですね。ただし2メートルどころではなかったみたいです。そして、家と土地を没収された2週間後に終戦。

なので、うちより30メートル向こうの道路は、今も細いまま残っています。当然道沿いの人たちも、国家による強制セットバックを間逃れました。

うちの祖母はよく「あと2週間早く戦争が終わってくれていれば。」と嘆いていました。

ほんの70年前の話です。

その直後に祖父は病死。なので私は、祖父には一度もあったことがありません。

祖母が一人で、父を含む5人の兄弟を育てたそうです。

これは叔父(父の兄弟)から聞いた話ですが、祖父は店を始めたものの、

はっきりいって全く商才がなく、店を仕切っていたのはどうも祖母だったそうで、

亡くなる順番が違ったら、多分からまつ家は滅びていただろうと笑っていました。

それでも、大変厳しい生活が続いたようで、父(祖父)が生きていてくれたら・・・と何度も思ったと話していました。

当時、空襲で親を亡くした同級生、家を失った友人も多くいて、両方半分残ったんだから

うちはまだましな方だった・・・とも言っていました。

この家を元の形に戻すのが父の夢だったようだ

そんな訳で、うちの実家は不自然に半分でぶった切られていて、

さらに強引に残った部分を道側から後退させたため、数十年と月日が流れるうちに

少しずつ傷みが増してきている状態でした。

この家を戦前の状態に復元するのが、父の晩年の夢だったようです。

昨年春、念願だった修繕を終え、父の夢は叶いました。亡くなる3か月前でした。

屋根裏に上がると、とんでもなく太い松の梁が、この家を支えています。

「さすがにこれはとてもじゃないがセルフビルド出来るようなもんじゃないな。」

そう思いながら見上げると、伐採されてから100年以上は裕に経過しているだろう松が、

いまだに松脂(まつやに)をしたたらせています。

この松は、切られて100年経ってもまだ生きているのですね。

私の建てるタイニーハウスはこの家の数分の一の大きさです。

瓦屋根のこの家とは、似ても似つかぬ形になりそうです。

でも、やっぱりこの家に影響を受けているんだなと感じます。

タイニーハウスの上物を、ツーバイフォーではなく、在来工法で作る事にこだわるのも多分この家に住んでいたからだし、

車輪付にして、基礎で固めたくないのは、石場建てだった頃のこの家を知っていて、

今の建築基準法で、止む無くベタ基礎で固められてしまったこの家に対する思いがあるからなんだなと、そんな事を考えた一周忌の法事でした。

つづく

タイニーハウス物語とは?
このブログは、私(からまつ)とその家族(妻1人子供1人)が、土地(山林)を手に入れ、開拓し、森の中に小さな家(タイニーハウス)を自作(セルフビルド)することを目指す活動の記録です。 ...
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コメント

  1. とおりすがり より:

    従来工法?
    在来工法では?

  2. karamatsu より:

    とおりすがりさん、こんにちは!ご指摘どうもありがとう。書き直しておきましたよ!